2009年12月5日土曜日

読点の打ち方

他人様の原稿と睨めっこして過ごした半日。内容は完全に無視してテクストのマテリアルな(?)側面ばかり見ていたんですが(編集を生業としていらっしゃる方々の、ご苦労がわかりました)。えー、でも、パンクチュエーション、とくに読点の打ち方って、個性出るよね。なんでこんなところに、とか、なんでこんなにたくさん、とか(私、さすがに論文体のときは、そんなに読点打ちません)。しかし、かく言う私も、カッコとダッシュの使用量においては、普通の人の10倍くらい?とあらためて気づいてしまいました。意識しないでいると、なんかつい、使っちゃうんですよね。1つの文で3つくらいのことを同時に言いたくて、で、微妙に階層化したり、接続の論理を曖昧にしたりするのに、とても便利だから。
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某出版社から、かなり不愉快な手紙が。今度は、著者側を分断しにかかっているですかね。そこまでやるか。

2009年12月3日木曜日

マルチタスキング

一つ一つは大したことない仕事なんだけど、そういうのがいくつもいくつもあって、朝から晩までマルチタスキングを強いられてて、本人はほんとに疲れてるんだけど、一個一個は小さなことで、それに関わっている人はそこしか見てないから、こんなつまらんことで忙しがるな、とか、思われてんだよね、きっと。
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大学院の授業では(別々の授業だけど同じ日にある)、ホミババのファノン論(=ラカンで濾過してとてもお上品になったファノンさんのお話)とギルロイのユニオン・ジャックに黒がどうとかいう本を読みました。80年代研究(?)の一環として読むと、どちらもツッコミどころ満載で、おもしろいですね。なんかでも、ババさんやギルロイさんよりも、ファノンさんのほうが今またホットなのかもしれないですね。
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学部生が「ジェンダーから世界を読む」の話をしていたので、話に割って入ったら、「あ、先生もあの授業取ってるんですよね」と言われた。どういう発想すれば、そんな不思議なことが言えるのかね、キミたち。

2009年11月29日日曜日

溜息

雑務関係の懸案事項が山積みの中、やけくそになって紀要の原稿を完成。他人様に原稿催促している手前、自分が書かないのはあんまりだから(そういうわけで、まだ出していただいてない皆様、よろしくお願いいたします)。

で、気がつくともうすぐ11月も終わりだし、ほんと、何やってんだろうねえ、毎日。

2009年11月23日月曜日

結論

週末引き篭もって、数週間にわたって懸案事項だった論文をほぼ完成。とは言え、大部分は直近の50時間くらいで書いたので、「やればできる」ということなのか、たんに「切羽詰らないとやらない」のか。

あ、紀要の原稿のほうはまだです、これから猛ダッシュでやります、すみません。

それで、私は論文でいちばん書くのが苦手なのは「結論」で、でも世の中には「結論書くのがいちばん好き」という人も確かにいるらしいので、人それぞれだなあって思いますが。結論って結局、これまで数十ページもかけて論じてきたことを数行のナラティヴに還元しようっていう作業で、でもこれは他の人の論文読んでてもいつも思うけど、結論には書いてない、議論のプロセスで出てくる副産物的なコメントとかのほうがたいていはおもしろいし、あと、結論があると、ほんとに序論と結論しか読まない人も出てくるので、ないほうがむしろ、ちゃんと読んでもらえるような気がする。でもまあ、制度的にアクセプタブルな論文に仕上げるには、結論はなきゃいけないわね。

2009年11月15日日曜日

クレイシ~ジョイス・ラカン

最近更新をご無沙汰しているのは、物理的に忙しいということもありますが、なんつうか、「言葉の力」に幻滅してしまったのですね(世の中、結局、声の大きいもん勝ちって気がする)。

それで、ココロは奴隷といっしょに海の底に沈んでいるときに、カラダのほうは授業でポルノまがいの小説読まされてて(って、自分が選んだテキストだけど・・・かわいそうなのは学生たち)、3月締め切りの原稿が終わったら下品なクレイシおじさんとはすっぱり縁切ろ、と決意しました。The Buddha of Suburbia ってありていに言えば、「セックスに取り憑かれた男子がさんざんやった挙句にそのばかばかしさに気づく」教養小説(?)です。 主人公カリムはバイセクシュアルで、「男か女か選ぶのはビートルズかローリング・ストーンズか選ぶのと同じくらい難しい」んだそうで、言いたいことはわかるがしかしキミ、それってたんなる「選択の自由」の問題(選択肢が増えれば増えるほど幸福?)なのかね?

昨日の Juliet Flower MacCannel 先生講演会@吉祥寺では、そういうお下品な日常から離脱できて、ほんとによかった。フヒト先生とN山さんのレスポンス論文に関しては、難しすぎてその場では消化不良でしたが(お2人が天才だという事実だけは再認識しましたが・・・いただいた原稿はPDF化して永久保存し、今書いている論文が終わったら、熟読します)。

マッカネル先生のお原稿は事前にいただいていて(それが「質問要員」という意味だったとは知らず、焦りましたが)、それで原稿読んだときの感想は、ラカンのジョイス読解の中で、ジョイスにおけるアイルランドの英語・ゲール語問題というローカルな話題と、ラカンの普遍化された言語理論とが、どういう風につながっているのか、結局のところよくわからないなあと思っていました(さらには、なんでウルフの『波』だと『フィネガンズ・ウェイク』みたいな「開かれた自我」ではないのか、そもそも『フィネガン』ってほんとにそんなにエライのかなあ、と不審に思ったりしてました)。しかし、質疑応答の過程でなんとなくわかってきたような気がするのは、マッカネル先生がやろうとなさっていることとはつまり、アイルランドにせよ女にせよアフリカにせよ移民にせよ、そういう(通常は規範的ではない)立場からふたたび普遍性を思考すること、なのではないかと。アイルランドとか女とかアフリカとか移民とかの話を持ち出すとすぐに「差異の承認要求」みたいに思われて、だから「パネルにはとりあえず1人女を入れとけ」とか「とりあえず移民を扱うチャプターが1つないと」みたいな発想になって、それでアリバイを作ったら後は今までどおりのユニバースに安住してられる、みたいな感じになりがちなんですが、そうではなくて、アイルランドや女やアフリカや移民こそが普遍へのパッセージかもしれないと考える、そういう発想の転換、(経験則で言うと)やっぱ男の人には難しいみたいですね。

2009年11月7日土曜日

無責任女

ここしばらく、ほんとに気分がローで、ブログ更新する気にすらならなかったけど、ともかく、英文学会関東支部大会、無事終わりました。シンポジウム「バイオポリティカル・モダニズム」、よかったですね。支部会史上、最高のシンポだったのではないでしょうか(企画担当者が言うのは、手前ミソですけれども)。ウィンダム・ルイスの錯綜する「人種」論も、The Outsider の絶妙なオチ(?)も、妙に私のツボにはまってましたが(あー勉強しなきゃ)、山口さんの「無責任女万歳!」は、いちばん元気が出ました。そーよ、女が強欲に金稼いで好きかってやって、何が悪い(←こういう人格の男と女がいたとして、ネオリベ云々と非難される確率は、女のほうが断然高い)。ついでにこれは私見ですが、無責任男は無責任でもいいけど、子供の養育費だけはちゃんと分担してね。

我が身を振り返れば、理事会の議事録読まないとか(そもそも、支部に入会し損ねたこともあった)、学会という制度にはまったく不適合な無責任女で、まあしかし、今回を機にこの仕事は引退のはずなので、自分にとっても学会にとってもめでたしめでたしですが、少なくとも、企画担当者として「集客力ある人を集める才能」はあったわけで。

2009年10月28日水曜日

大学はこうでなきゃ

最近愚痴ばっか言っていますが、今日は朝から久々に充実した一日(最後の会議は長かったけどね)。

午前中はまず、リレー講義の「ジェンダーから世界を読む」で、I川さんのご講義をじっくりと。19世紀イギリスの選挙法改正のお話なんだけど、「だんだん選挙権が拡大しました、めでたしめでたし」みたいな進歩史ではもちろんなくて、改正のたびに「選挙権を持つべき市民とは何か」をめぐって繰り広げられた喧々諤々を緻密に分析なさっていて、学生も「学問はかくあるべきか」と感動したのではないかしら(いずれにせよ、今年の受講生はかなりマジメです)。選挙権の「財産」事項によって「よき市民」(=中産階級の男性)のモデルが作られ、そこからジェンダーが構築されていく・・・というプロセスは、確かにとても興味深いです。ちなみに、結局のところ、「財産を持つ女」と「貧乏な男」だと、少なくとも国政レヴェルだと、後者のほうが先に選挙権を得たのは、なんか深いわけがあるんでしょうか。

この講義、コーディネータをやってる役得で、毎回私は講義を拝聴できるんですが、一学期間聞き続けたら、とても賢くなれそうです。先週のF沢先生のギリシャ悲劇のお話も、とてもおもしろかった。『アガメムノーン』のたくましい女ももちろんよかったですが、個人的には、権威主義で事なかれ主義で付和雷同な合唱隊のおじさんたち(=長老たち)の話が、妙にウケました。

午後は学内の研究会で、N山さんのご発表。「ジョン・ハーグレイヴさんをファシストの汚名から救い出す」というご企画で、聴衆はもちろんハーグレイヴさんが誰のことやらわかんないんだけど、豊富な資料(ご本人のお言葉では「紙芝居」)を駆使して、とても楽しくご説明いただきました。これまた個人的に(勝手に)ウケていたのは、一見キャンプとかしてすごい自然志向なんだけど、地域主義を脱するためには(?)車や飛行機でどんどん逃げてよろしい、という思想(?)。ま、「トランスアトランティック」なんていうのも結局、蒸気船や飛行機がなきゃ実現しないわけで、いずれにせよ、機械文明は不可欠、ということ。